【10】1日だけの音楽会

「その研修、1日だけの音楽会になっていませんか」
研修のご相談をいただいたとき、私はいつもこの問いから話を始めます。講師がスキルを伝え、受講者がその場で音を奏でる。たしかにその日は、いい音が鳴るかもしれません。でも、その人たちは次の日からも演奏を続けてくれるだろうか。職場の空気は、本当に変わっていくだろうか。
きれいごとに聞こえるかもしれません。でも私にとって、研修を「演奏」と呼ぶのは、単なるたとえ話ではないんです。
心を動かす瞬間を求めて
若い頃、私は本気でミュージシャンになりたいと思っていました。ギターを抱えて人前で歌い、コンテストにも出て。歌がうまいと言われたいわけではなかった。私が一番うれしかったのは、歌い終わったあとに、聴いていた誰かがこう言ってくれることでした。「あんなに頑張ってるの見て、自分も頑張ろうと思いました」。
その一言のために歌っていた。言ってしまえば、それだけなんです。
結局、プロにはなれませんでした。ギターは置き、会社に入って営業をやっても一つも売れず、逃げるように辞めて、転職して。自分が本当は何をやりたいのか、ずっとわからないまま働いていたように思います。
転機は、四十五歳のときでした。会社の研修で、久しぶりに人前で話したんです。終わったあと、受けていた人がこう言いました。「今日の話、ぐっときました。行動してみようと思います」。
その瞬間、体に電流が走りました。この感覚を、どこかで知っている。ライブハウスだ、と。スポットライトは当たっていない。ギターも持っていない。それでも一日じゅう一人で語り、聴いてくれた人の何かが動く。あのときと、何も変わらない。
私の楽器は、ギターではなかった。遠回りしましたが、悟りのように気づきました。
だから今も、私にとって研修は演奏です。受講者は、共に音を鳴らす仲間。その場で不協和音が生まれることもあります。でも、むしろ生まれてほしいと思っています。きれいに整った演奏をなぞるより、その不協和音を対話でほどいていく時間こそが、私が触媒としてそこにいる価値であり、受講者にとって一番の学びにもなるからです。
働く場所にこだわる理由
——なぜそこまで「働く場」にこだわるのか、と思われるかもしれません。
正直に言うと、私には消えない原風景があります。働く場所で疲れきり、それを家まで引きずってくる大人の姿を、子どもの頃の私はすぐそばで見ていました。だから長いこと、「大人になんかなりたくない」と思っていた。働くことが、幸せから一番遠いことのように見えていたんです。
その話は、また別の機会に。
ただ、これだけは言えます。人の一日の三分の一は、働いている時間です。そこが「今日もいい一日だったな」と思える場所になるかどうかで、残りのプライベートも、眠りの深さまで変わってしまう。私が企業の現場にこだわるのは、立派な理念があるからではありません。ここを、痛いほど知っているからです。
もしあなたの会社の研修が、1日だけの音楽会で終わっているなら。もし社員の心のエンジンに、本気で火をつけたいと思っているなら。一度、話を聞かせてください。
きっと、あなたの会社にしか鳴らせない音があるはずです。